地球未来塾【人間】為末大氏(元アスリート)8/7開催レポート

2016.08.16

スポーツで人は変わる、地球も変わる

地球未来塾【人間】為末大氏(元プロ陸上選手 陸上競技400mハードル日本記録保持者)

 8月7日、第二回「地球未来塾」が開催されました。ゲストは元プロ陸上選手でスポーツコメンテーターの為末大さん。夏休みも本番に入り、開始直前には満席になって立ち見の姿もちらほらするほど。そんな当日の様子をレポートします。

MV8T2271

「災い」と「恵み」は表裏一体

ゲストの為末さんをお迎えする前に、モデレーターの竹村(地球ミュージアム主宰)が来場者に「触れる地球」の解説からスタートしました。

竹村「今もまだ学校の授業で使うのはメルカトル図法の地図が中心。これは信長や秀吉の時代に作られたものですよね。21世紀の人材教育をするために大航海時代の地図を使っているのはおかしいんじゃないか。そんな思いで開発したのがこの『触れる地球』です。」

そして前列に陣取った子どもたちに「これは何か分かるでしょうか」と問いかけ、子どもたちからの元気な答えの声を聞きながら、触れる地球でリアルタイムの昼夜境界線や世界各地のライブカメラが映し出す光景を見ていきます。そして、地球の天気の様子を見てみたときに太平洋上に現れたのが台風。

MV8T2345

竹村「ちょうど今、太平洋上に台風5号が来ています。台風、怖いですよね。でも台風は海の底のほうにある栄養素を巻き上げて、海を豊かにしてくれる。災いであると同時に恵みでもあるんです。」

 

災いと恵みは表裏一体。それは「火山のような大地の活動も同じこと。

 

竹村「日本はアイスランドで湧き上がった大地が沈み込む交差点で、4つのプレートがぶつかっています。だから地震や津波も起きる。それはとても大変なことだけど、火山灰が含むミネラルのおかげで、とても肥えた土地になるんです。火山のない中国の農民が日本に来ると、どうしてこんなに肥えた土なんだ!ってびっくりするくらいなんです。」

MV8T2320

実は、自然の営みを「災い」や「恵み」にするのは人間次第。そんな人間の活動も、触れる地球は表してくれます。例えば船の動き、例えばPM2.5の様子、そしてCO2の変化。触れる地球では、CO2の変化から2100年までの温暖化の様子を見ることもできます。

 

竹村「暑いところは赤、もっと暑いところは黄色くなりますが、ほとんどが赤くなり、いたるところで黄色くなっているのが2100年。2100年なんて相当な未来に思えるけど、日本人の平均寿命が90歳に近づいていますから、今日いる子どもたちの何人かは、間違いなく2100年には生きてます。そういう時代。」

 

シーンと静まり返る会場。しかし、「未来は変わる、変えられる」と竹村は言います。

MV8T2376

竹村「もし僕らが2050年までにCO2の排出量を半減、70、80年代にゼロにすることを実現することができれば、こんなにも地球の気温を下げることができるんです。」

 

と見せたのが、CO2排出量が減った後の2100年の地球の姿。黄色や白いところはごくわずかなのです。

 

竹村「みんなの未来は、何かをチェンジすることで変えることができるんです。それをしっかりと胸に止めておいてほしい。」

MV8T2492

竹村「人類はまだまだ未熟な幼年期。僕はよくレトリバーに例えます。レトリバーの子どもは大きな体でじゃれついてくる。人間もこの100年で急激に人口を増やし、2馬力の馬車から200馬力の車を使うようになった。この大きな力をいい方向へ転換できれば、地球も良い方向へ行くんじゃないか。今日はそんなことを、アスリートとして世界中を旅している為末大さんと、触れる地球を真ん中に置いて、話し合います。」

 

 

スポーツの可能性

盛大な拍手に迎えられて竹村と並んで席につく為末さん。今日はスポーツと人間、スポーツと地球について考えていきます。まず口火を切ったのは竹村です。

MV8T2412

竹村「実は僕が触れる地球を始めるきっかけとなったのもスポーツでした。ボルネオのジャングルの中で調査活動をしていたときに、電線が来ていない近くの村で、発電機を回してまでテレビでみんなが見ていたのがサッカーのワールドカップでした。そこで見たのがマラドーナの5人抜き。そのときに、スポーツは、体を鍛える、高いパフォーマンスを発揮するという以上の意味がある、世界をつなげる可能性があるんじゃないかと感じたのでした。」

 

為末「そうですね。僕の初めてのオリンピックだったシドニー大会では、アボリジニ出身のキャシー・フリーマンが金を獲得しているんですが、その時の応援がすごかったんです。歓声と足踏みの音で隣の人の話し声も聞こえないくらい。そのときに、国境を超えて応援でひとつになっていたと感じました。」

 

竹村「今年のオリンピックでは難民の選手もいます。国境を越えて行く時代が来ているのかもしれませんね。」

 

為末「亡命選手団もありますよね。SNSの普及のおかげかもしれませんが、今は自分の国じゃなく、自分に近い人を応援するということが増えているように思います。将来的にはLGBT(性的マイノリティ)の選手を応援するということもあるかもしれない。ラグビーのワールドカップで、イギリス人が日本の応援をしてくれたのも良い例です。僕もブータンでいろいろ指導しているものですから、ブータンの応援をしていますし。これからいろんな交流が生まれてくるんじゃないかと思います。」

 

 

スポーツから見える人間の可能性とは

話題はここから、スポーツが越境し、人々にいろいろな影響を与えていく可能性に移っていきます。

MV8T2406

竹村「日本のラグビーが応援されたのは、日本がすごい!ということではなくて、日本がラグビーの、スポーツとしての価値を高めてくれたことに対する評価だったと思うんです。」

 

為末「似たようなケースで、モンゴルで柔道を普及した日本人選手の話があります。現地ではその人の名を冠した大会があるくらいで、日本人が国境を越えて柔道の価値を高めた例でしょうね。」

 

竹村「日本すごいね、というジャパンバリュー。これは国粋的な意味ではなくて、日本が持っている価値が、地球の価値を上げることに役立つんじゃないかと思います。」

 

為末「それで言うと、地域によってスポーツの強い・弱いがあるということを思い出します。文化だけではなく地形が得意なスポーツに影響していく。高地は空気が薄いからマラソンが強い選手が育つのはその一例です。」

 

竹村「環境で人が変わる可能性があるということですね。先日ロシアのシンクロナイズド・スイミングの選手を調べたところ、イルカのような水棲哺乳類と同じ身体機能を持っていることが分かったそうです。異論も多々ある仮説ですが、サルから人へ進化する過程の一時期、水に浸かって暮らしていたという説があります。人間は陸上生物だと思い込んでいたけど、そう考えると、人間観が狭かったんじゃないかという気がしますね。スポーツを通して人間を見る目が変わる。オリンピックは人間の目をブロードバンド化してくれるように思います。」

 

為末「スポーツをやっている人を長く見ていると、体がどんどん順応していく様子がわかり、人間の可能性を感じますが、最近応援しているパラリンピックでもそれを強く感じます。最初はぎこちなく使っていた義足にどんどん順応してく。個人の可能性というよりは人間の豊かな可能性を感じます。」

 

 

障害者スポーツは人間を拡張する

MV8T2311

地球目線でスポーツと人間を見ると、人間にはまだまだいろいろな可能性があることが分かります。そして、「健常者よりも劣っている」とみなされがちな障害者にこそ、人間の豊かな可能性が秘められていることも見えてきます。

 

竹村「サッカー元日本代表の北澤豪さんが障害者サッカーの指導をやっていらして、なぜやってるんですか?とお聞きしたら、障害者のみなさんの体幹の使い方がすばらしく、学ぶべきところが多い、現役の時に知っていたら……と仰っていて。」

 

為末「僕もパラリンピアンの指導をしているのですが、気付かされることが多いんです。先日全盲の選手の方に『まっすぐ前を向いてください』と言ったらなんと言われたと思いますか? 『どっちが前ですか?』です。また、目が見えない方に電気信号で明暗を与える装置を付けた実験をしたときに、そのアスリートの方が『あそこにある大きなものは何?』と仰るんです。見ても何もないんですけど、よくよく話を聞いてみると、それが空だったんですよ。そういう経験をしてみると、なんて自分は狭い世界の“当たり前”を伝えようとしていたのか、また、どれだけ世界には違う“当たり前”があるのかと気付かされ、びっくりすることが多いです。」

MV8T2530

竹村「似たような経験が僕にもあって、交差点で目の見えない方の介助をしようとしたときに、『大丈夫、どこが交差点か分かります』って仰るんですね。交差点に出ると、風や音の伝わり方が違うから分かると。それで思うのは、同じ人間である自分がなぜそれを感じることができなかったのかということ。障害者の方はすばらしい、ということではなく、人間はいろいろな可能性を摘み取ってもいるし、一方で可能性を見つけるものなんだと気付かされました。」

 

為末「同感です。オリンピックとパラリンピックは基本的に同じものなんですが、20%くらい違うことがあるんじゃないかと思っていて、それは、パラリンピックは“当たり前”観を変えてくれるということ。自分の当たり前の狭さを変えてくれるんです。

 僕の友達で、車いすの選手と全盲の選手がいるんですが、2人でよく出かけるんですよ。介助は1人もなし。全盲の選手が車いすを押して、車いすの選手が道案内するから何も困らないよって言うんです。人間のそういうでこぼこしているのを、お互いに支え合うことがもっと自然にできれば、世の中はもっと簡単に回っていくんじゃないかなあと感じました。」

 

 

人間はでこぼこしているもの

竹村「今、健常者、障害者という話をしていましたけど、そういうでこぼこって普通の友達でもカップルでも当たり前にありますよね。また、人間のあり方の基準を広げることができれば、もっといろんなコラボレーションの可能性が見えてくると思います。

 それでみなさんに考えてほしいのが、この先もっとでこぼこが顕著になる社会になるということ。高齢化社会です。100年前に比べて寿命は1.5倍になっていて、平均寿命は90歳に近づいている。そうなると、みんな全部いつまでも健康というわけではなく、みんながちょっとずつでこぼこしていて、不自由もあればできることもある。そのとき、パラリンピックもまた、特別なものじゃなくなるような気がします。」

MV8T2462

為末「今、そういうでこぼこを、人間だけじゃなくて、モノやコンピューターが補っているというところもありますよね。例えば僕は忘れっぽくて、パソコンのスケジューラーにやることを教えてもらっている。考えてみれば眼鏡だってそうですよね。いろんなモノが人間と共存して助けあって生きていく。いずれ『足を付け替える』なんて世界が来るかもしれないです。」

 

竹村「実は僕は、現代が“地球OS”のバージョンアップの時期なんじゃないかと思っています。5万年前に言語を獲得し、5000年前に都市化と文字の発明があり、その後科学革命やルネサンスなど革命的な時期を経てきましたが、それ以上の革命の時期なんじゃないか。例えばAI、人工知能です。」

 

 

人間にしかできないこととは

AIは、コンピューターサイエンスの最前線。私達の暮らしの中の見えないところで働いていて、今後さらに広がっていくものです。水を向けられた為末さん、アスリートらしく人間とAIの比較を「体」を通して語ります。

MV8T2392

為末「海外を回るなかで、AIの研究をしている人に会うと必ず尋ねるのが『人間にしかできないことは何ですか?』という質問なんです。みなさんはどう思いますか?」

 

と会場の子どもたちに呼びかける為末さん。子どもたちも元気よく答えていきます。「息を吸うこと!」「友達を作ること」「病気を治すこと」……などなど。

 

為末「良い答えだと思います。ちなみに研究者の方が共通して仰るのが『座り心地の良い椅子を作ること』なんですね。AIにはおしりがないから座り心地の良し悪しが分からない。僕はアスリートなので、人間の体で感じることを考えちゃうのですが、体があるということ、肌で感じることがすごく大事で大きいのじゃないかと思うんです。」

 

竹村「人類という種は、他の生物との共進化によってここまで進化してきましたが、今度はAIとパートナーシップを組んで、新しいステージに上がることができるかもしれませんね。例えばたくさんの症例を調べて、どんな薬を処方したら良いかというビッグデータ処理ではAIが圧倒的に強い。でも、さっきお子さんが仰ったように、病気を治すということ。患者さんの体に触れて、どう感じているのか、どんな家族と暮らしているのか、どんな生き方をしているのかをちゃんと考えて、生き方や暮らしをデザインしながら治療できるのは人間にしかできない。かようにAIの登場によって、人間にしかできないことがどんどんクリアになっています。

 かつてチャップリンが映画『モダンタイムス』の中で、機械に合わせた人間の悲哀を描きましたが、逆にAIの進化で人間にしかできないことで始まる世界が見えてきたように思います。そのときこそ、オリンピックが今以上の人間の祭典になるんじゃないか、そんな期待をしています。」

 

為末「最近思うのは、技術の進化によっていろいろなことが“できる”ようになってしまったけど、本当に大切なのは、『どんな世界が良いか』という考えをベースに持つことだということです。例えば障害者をサポートする義足の技術は、もしかしたら戦争に使うロボットに役立つかもしれない。技術それ自体は良いものにも使えるし、悪いことにも使える。それを決めるのが人間の持つ世界観です。オリンピックがメディアとなて、こういう世界になってほしい、と考えてもらえるようにすることが大事ですよね」

 

竹村「最後に良いコメントをいただけました。そう、世界観、ビジョンを作ることは、人間にしかできないですよね。そうだ、これこそ、今日集まってくれたみんながやるべきことです。ぜひ人間らしい文明を作っていってほしいと思います。」

MV8T2473

地球目線で見ると、スポーツの未来、人間の可能性がまったく変わって見えてきます。人間はまだまだ変わることができる、地球はもっと良くなる。そんな希望にあふれたトークとなりました。

 

トップに戻る