主宰からのメッセージ

主宰 竹村真一より 熊本地震に寄せて

熊本地震に寄せて;竹村真一   Earth Literacy Program/「触れる地球ミュージアム」を代表して、今回の熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。被災地の皆様の安全と一日も早い復興を祈念いたします。 もとより「触れる地球」という地球の体調のモニタリング・システムを設計する者として、また『国連防災白書』の情報デザインにも携わる者として、私共も自身の仕事にあらためて襟を正して精進してまいりたいと存じます。  しかし同時に私自身のいまの正直な思いを言えば、「いつまで同じことをくり返すのか?」「311から5年、あの経験は何だったのか?」という痛切な悔恨の念を禁じ得ません。 阪神そして東日本の大震災を経て、私たちはすでに「日本のどこでも激甚災害が起こりうる」という新たなコモンセンスを共有したはずです。しかも自分が生きている間に“ほぼ確実に”千年に1度の大震災・津波災害が起こることを予期している世代として、災害に見舞われてから救助や支援を考えるのでなく、初めから「被災を前提にした」社会設計を行うチャンスを与えられていたはずです。  評論家のように、この国のあり方をただ批判するつもりはありません。むしろ明確な「代案」があるからこそ、そしてそれを実現していれば今回の九州の災害も予防的に減災し得たはずだと思うからこそ、残念で仕方がないのです。 これはまた、そんな日本という国のリデザインを311後の政府の「復興構想会議」の委員として提案し、それを結局は実現できなかった者としての自責の念でもあります。 でも同時にいま、こうして熊本・大分の被災地の状況を見て、「5年遅れたけれど、今からでも遅くはない、すぐにでも当時のアイデアを実現すべき」と感じたのも確かです。 そこで“311後・未然形の復興計画”として、当時発表した論文(東日本大震災の発災直後に執筆し、Voice誌に掲載の後、竹村真一編著『地球大学講義録』最終章として収録)を以下、「再提案」させて頂きます。  復興構想会議の委員に指名されたのは、拙著『地球の目線』(PHP新書;08年刊)で災害や変動に脆弱な日本の問題点と、その解決の方向性(原発問題も含め)を提言していたからでした。 本論文ではそれを踏まえて、さらに地域の「コミュニティ・セキュリティ・センター構想」など、311後のソーシャルデザインを具体的な施策として提案。その日本新生のモデルが新たな「地球基準」=”新BOP;Base of the Planet”−−−Bottom of the PyramidとしてのBOPでなく−−−となり得ることを示唆したものでした。  今こそ実現すべき構想として、未来への「祈り」を込めて再送させていただきます。長文にて恐縮ですが、ポイントを下線で強調しておりますので、そこだけでもお目通し願えれば幸いです。 —————(以下、2011年執筆時のまま掲載) <本稿は、“311後・未然形の復興計画”として、「東日本大震災」直後の2011年3月に論壇誌「Voice」にて発表し、「地球大学講義録」(竹村真一編著)最終章として収録されたものです。>   新しい東北、新しい日本 ――3.11東日本大震災後の「コミュニティ・セキュリティ」デザイン 2011年3月21日;春分 竹村真一(京都造形芸術大学教授・ELP代表)  東日本大震災の発生から十日余り。まだ余震と原発事故が予断を許さぬ状況とはいえ、重点は災害救助と緊急支援から、数十万の被災者の生活再建、インフラ再建のフェイズへと移行しつつある。 だが、これまでの震災と根本的に異なる点は、それが「復旧」ではあり得ないということ、つまり「もとの旧い体制の再建」ではなく、あらゆる面での社会の根本的なリセット(刷新)、いわば“新しい日本”の再設計が不可欠ということだ。 たとえば、高さ十メートルの防潮堤を整備していたにもかかわらず津波被害を防げなかった沿岸低地に、同じような街を再建すべきだろうか?また大きな災害のたびに寸断される電力網や水道――その修復作業が急務であることは当然としても、そもそもこうした大規模インフラに百パーセント依存した、脆弱な現代社会のあり方そのものを根本から見直すべきではないのか?(この問題は数ヶ月にわたって一二〇万戸以上が断水した阪神大震災でも問題になった。) 逆にこれを機に、立地選択や居住域の段階的なシフトも含め、沿岸低地のリスクを最大限考慮した新たな都市設計のパラダイムを構築できれば、津波だけでなく今後、気候変動により増大が予想される洪水や海面上昇のリスクにも適応力の高い都市を日本に造っていくことができる。これは沿岸低地に人口集中地帯を抱える日本のほとんどの都市に共通した課題であり、特に東京や名古屋、大阪、福岡などで先行的に取り組まれるべき最大のリスク・マネジメント課題といえる。 また、各家庭や地域レベルで最低限の自家発電と自立水源(井戸や雨水貯留)のシステムを整備し、災害に脆弱な大規模インフラに依存しない形で「いのちの安全保障」を担保しうる仕組みが構築できれば、これは災害に対してのみならず、今後の石油高騰や水資源争奪の時代にも耐性のある、ロバストでレジリエントな日本社会を構築することになる(−−それは当然、地球全体にとってのセキュリティ・モデルともなるだろう)。 幸い自家発電や地域・家庭レベルでのエネルギー自給については、ここ十年の小規模分散型の自然エネルギーの技術的成熟と急速な普及によって、まったく新たな展望が描ける段階にある。すでに太陽光や風力は「代替エネルギー」でなく「基幹エネルギー」の一つとして位置づけられ、ドイツは二〇三〇年には電力の四五%を自然エネルギーで賄う、さらに二〇五〇年にはEU全体の電力需要も一〇〇%自然エネルギーで十分賄いうるという見通しを立てている。 また蓄電機能を備えた電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)の実用化で、クルマが住宅や地域の「エネルギー器官」として機能する時代が始まりつつある。家庭のソーラーパネルで発電した電気でクルマを走らせるのみならず、自動車のバッテリーに貯めた電気を住宅に逆流させて、太陽光発電できない夜間でも太陽電池由来の電気で住まいの電力をある程度まかなうことも可能になりつつある。いわばクルマや蓄電池が自然エネルギーの不安定さを補うバッファーとなるわけであり、「陽が照っている時だけしか発電できない」「天候に左右される不安定なエネルギー源」という自然エネルギーのイメージは、すでに過去のものとなりつつある。 このような「ライフラインの自立分散化」――水とエネルギーの最低限の自給体制を、この災害を機に日本全国で急速に整備する流れを作れれば、水道や送電が止まっても数日間は持ちこたえられる、あるいは幹線道路が寸断されていても近隣の地域間で水や電気を融通しあえるような、柔らかな「いのちの安全保障」のシステムが出来上がる。そして、それは平常時でも石油価格の乱高下に左右されない社会のデザインにつながり、一つの災害で関東・東北の広い地域から首都圏まで長期にわたり壊滅的被害を受けるような「原発」のリスクからも卒業する準備ができる。 沿岸都市のリスクやライフラインの問題、原発事故まで含め、今回の東日本大震災が露わにしたのは、災害の怖さよりもむしろ現代社会がもつ潜在的な「脆弱さ」であり、問題は我々の内部にある。原発事故が「人災」というなら、そもそも沿岸都市や中央集権型の大規模ライフラインの脆弱性に正面から向き合ってこなかったというのも広い意味での「人災」ではないか。 その意味で、今回の震災は日本社会、いや人類全体にとって、貴重な学習と自己変革(刷新)のチャンスであり、防災・減災とともに今後の気候変動や資源制約への適応力も備えた“変動に強い”都市と国家を再構築する好機として、是非ともこの機会を生かすべきだと思う。 そこで、これを「コミュニティ・セキュリティ」の構築というコンセプトで、国民的なデザイン課題として位置づけてみてはどうだろうか?「震災からの復興」という狭い枠組みではなく、これを機に災害にも気候変動にも石油高騰にも耐性のある、新たな日本をデザインする官民一体の「未来への投資」として、二一世紀型「コミュニティ・セキュリティ国家戦略」を打ち出すのだ。 そして、そうした全国レベルで推進する国家再設計のムーブメントの最先端地域として東北を位置づける。二〇世紀型の脆弱な社会インフラの「復旧」でなく、未来的なコンセプトでの「新しい東北」を、家族や家を失った数十万の被災した方々にプレゼントして、東北を日本の(いや世界の)最先端モデル地域としてデザインしよう。 その柱として、先述の「沿岸都市の再設計」や「ライフラインの自立」、さらには災害・非常時にもロバストな携帯・インターネット環境の整備(いわば「情報の微小循環」のデザイン)と並び、何より喫緊の課題として、地域や都心部での「コミュニティ・セキュリティ・センター(CSC)」の集中整備ということをここで提案しておきたい。  もとより自立型のライフライン整備や都市設計のパラダイムシフトは、数ヶ月や数年のタイムスパンで行いうるものではない。 仮に“二〇二〇年までに新しい日本を創る”――そうしたビジョンで十年間の集中的な「未来への投資」を行い、日本の抜本的な「体質改善」を図るとした場合、その移行期の十年間に、地域レベルの社会の再設計をナビゲートし、またその間の防災・減災拠点ともなり得るような「コミュニティ・セキュリティ・センター(CSC)」を取り急ぎ整備してはどうか? 今後、仮に同じような大規模災害が起こった場合、電気や水道が止まっても、道路が寸断されて救援がしばらく来なくても、最低限のサバイバルが保証される「いのちの安全保障」の拠点を整備していくのだ。そうした拠点の有力候補としてまず挙げられるのが、どの地域にもすでに存在する大規模ショッピングセンターだ。 今回の東北の被災地でも、千人規模のキャパシティをもつ避難場所として、公民館や学校といった公的な施設以上に、イオンなどのショッピングセンターが大きな役割を果たしていた。もともと食糧や飲料水、生活用品を大量に扱うこうした商業施設は、非常時のサバイバル拠点としてアドバンテージを持つ。こうしたショッピングセンターを、あらためて地域の公的な「コミュニティ・セキュリティ拠点」として制度的に位置づけなおし、非常用の食糧備蓄や毛布、防寒具、水の要らないトイレなどのサバイバルキットを用意しておく。さらに水道や電気など大規模インフラに依存せずに、災害時に最低限のサバイバル機能を担保する、いわば「インフラフリー」の態勢を整備するのだ。 飲み水の五〇倍から百倍の量が必要な生活用水は、水道管に依存しない「自立水源」としての井戸の再生や雨水貯留を基本に考える。雨水利用の可能性はこれまで過小評価されてきたが、たとえば墨田区などの先駆的な自治体では、すでに蔵前国技館やスカイツリーなどの大規模施設でいずれも数千トン級の雨水貯留タンクを整備しており、非常時に区民の数週間分の生活用水を賄いうる態勢を整えている。こうしたシステムが全国規模で普及していけば、「天の蛇口」から十分に水の補給がある日本では、大規模水道インフラへの過剰依存による社会負担と災害リスクをかなりの程度低減することができるはずだ。これは非常時の自立水源確保とともに洪水調整のシステムともなり、集中豪雨と渇水の両極端の傾向が顕著になると予想される今後の気候変動レジームに適応力のある社会インフラとなる。 自立電源をもつ「地域エネルギー安全保障拠点」としても、こうした地域のコミュニティ・セキュリティ・センターが大きな役割を果たすだろう。実際、埼玉県越谷市のイオン・ショッピングセンターは日本最大級の太陽光発電装置を擁し、EV利用の社会実験拠点ともなっている。また今回の震災後、東京都心の六本木ヒルズは自立電源で巨大ビルのエネルギーセキュリティを担保するとともに、東京電力に売電して都心の電力不足を補っている。日本にすでに存在する工場や大規模施設の自立電源の発電容量は総計6000万kWを超え、原発54基の総発電容量5000万kWよりも多い。こうした分散型自立電源を増やし、電力の柔軟な相互融通のネットワーク体制を整備していくことが、日本社会のエネルギーセキュリティ政策として今後重要になる。 またコミュニティ・セキュリティという意味で、一番の基盤になるのは何と言っても「住まい」(住宅)だ。戦後の日本は経済高度成長の反面、居住環境の「質」を犠牲にしてきたことは否めない。だが、これからの時代、何より個々の住宅が「いのちの安全保障」の基盤装置とならねばならない。電気がこなくても、水道が止まっても、最低限の水や電気は自分の家で自立的に担保できる態勢がいまは作れるわけで、そうした小さな電気や天水のピースをジグソーパズルでつなげていき、地域レベルのコミュニティ・セキュリティをボトムアップで創出してゆく。 現段階では、個々の住宅やビルの自立電源だけで現代社会のエネルギー需要を賄いきれないのは当然だが、そうした自立分散型のエネルギー社会に移行する時間的・空間的なミディエーター役として地域のCSCの役割がある。それにより1)個々の住宅やビルの最低限の自立・自給、2)ある程度の規模・容量をもつCSC:コミュニティ・セキュリティ拠点整備による地域レベルの自立・融通、3)従来型の大規模インフラ(送電網・上下水道)という三つの階層にリスクとコストを分散した、多層的なライフライン安全保障システムを構築できるだろう。 地域毎の風土的・文化的・人口構造的な多様性も、そうした地域レベルの自立的な拠点整備を基軸とした「日本再設計」の過程であらためて可視化され、生かされることになるはずだ。風力発電や地熱発電のポテンシャルが高い地域もあれば、人口が密集して生ゴミやバイオマス発電による地域熱供給のような仕組みに向いている地域もあるだろう。CSCがそうした地域のエネルギーリテラシーの開発・教育拠点となることで、地域の隠れた「宝」が発見され、地域への愛着や理解も深まるに違いない。地域のエネルギー構造のリデザインは、貴重な地域教育と“ふるさと発見”の回路ともなる。 また逆説的だが、これと相補的にもう一つ重要なのは、そもそも電気やエネルギーに過剰に依存しないシステムをデザインすることだ。電力やエネルギーの安定供給を前提にした考え方そのものが、ある意味で二〇世紀パラダイムともいえる。その意味で、上下水道インフラに頼らない井戸や雨水利用と同様、モビリティや交通システムについても二〇世紀型の「自動車中心社会」の発想を脱構築する必要があるが、そこで基本になるのが自転車だ。 地形が急峻で坂道の多い日本では電気アシスト自転車を基本にしても良いかと思うが(電気がなければ完全「人力」で何とかなるというのがロバストなシステムだ)、その延長にいわば“EV自転車”ともいうべき自動車と自転車の中間形態を新たなコミュニティ・ヴィークルとして重点的に開発してはどうか?それにより現今の“ママチャリ”に象徴される無防備な自転車でなく、北欧などで整備されつつある子供や買い物荷物も載せるフードつき荷台を備えた安全な自転車の発展形がデザインされ得るだろうし、自転車専用レーンの整備もあわせて集中的に行うことで、現在の地方都市や農山村の「クルマがなければ、ガソリンがなければ難民状態」という極めて脆弱なソーシャルデザインを短時日でリセットすることも可能になる。 また、程なく人口の三分の一が高齢者となる超高齢社会・日本のソフトランディングを考えるなら、車椅子や小型EVでドア・ツー・ドアで(住宅から買い物まで)移動できるようなモビリティ環境を整備することも近未来の重要課題だ。低炭素化のかけ声のなかで「脱クルマ化」が世界のトレンドだが、自転車や公共交通を基本にするというのは、あくまで自分の足で移動できることが前提の若年層中心の二〇世紀社会モデルであり、世界的な超高齢化(グローバルエイジング)の趨勢のなかでは、逆にクルマやそれに類する移動補助ツールへの依存度が高まることも不可避的に予想される。 高齢者が社会のマジョリティとなる社会とは、すなわち「誰もが何らかの障害を持ちつつも、健康にQOLと最低限の自立性を保ちつつ何十年も生きていく」ことが前提となる社会だ。そうした文脈では、(たとえば近年のパラリンピックで見るような)ハイテク車椅子の進化が、単に「障害者支援」という狭い枠組みから解放されて、より一般的な社会の移動支援技術として普遍化されてよいのではないか?少なくとも「自分の足で歩くか、自動車か、介助を必要とする車椅子か」といった二〇世紀型のモビリティ・パラダイム全体をリセットする必要があり、そうした社会全体の「モーダルシフト」のデザイン拠点としても地域のCSCが大きな役割を果たすはずだ。 いずれにしても“ポスト東日本大震災”の今後の数年間を「治療」-「予防」-「体質改善」という医療モデルになぞらえれば、被災地支援・復興の「治療」活動は、二度と同じ災害(人災)を起こさないという「予防」と、根本的な社会の「体質改善」を同時に踏まえたものでなくてはならない。CSCはそうした地域レベルの防災・減災拠点として「予防」機能を担うと同時に、日本全体の「体質改善」をナビゲートする社会デザイン拠点として整備されることになる。 一方、大都市の都心部の「コミュニティ・セキュリティ」についても早急なリデザインが必要だ。 今回の震災でも、東京ではこれだけ被害が軽微であったにもかかわらず、予想以上の帰宅困難者が出た。そこで駅ビルや都心の大きなビル群を、都心部のCSC(コミュニティ・セキュリティ・センター)として制度的に位置づけ、整備していくのはどうか。そのオフィスビルのテナントのみならず、その辺りで困っている帰宅困難者が誰でもそこに身を寄せることができ、一晩や二晩帰れなくてもなんとかなる、そういう「災害に強い都市」に私たちのまちをデザインし直していかなければならない。大都市に人口のほとんどが集中し、その多くが長距離通勤者であるという日本の固有の社会条件を考えれば、これも実は大きな「人災」につながりかねない日本の待ったなしのリスクマネジメント課題であることは言うまでもない。 実はすでにこうした方向を先取りしている所もある。六本木ヒルズ(森ビル)は災害時の食糧や非常用トイレの備蓄とともに、自立電源や自立水源として井戸も整備し、帰宅困難者を収容しうる態勢をかねてから整備している。丸ビルに代表される丸の内地区も、一九二三年の関東大震災以来ずっと防災意識が高い。またJR東日本は、子育て支援の画期的なイノベーションとして「駅保育園」の整備を進めているが、こうした方向を非常時の避難所としての機能も併せ持つかたちで拡張整備していけば、都心部の「駅」が単なる交通・商業拠点という役割をこえて、新たな日本の「ライフライン拠点」として新たな社会的意味を持つようになる。 これは私鉄や地下鉄まであわせて極めて網羅的で多層的な鉄道網を整備した日本だからこそ有効なソーシャルモデルだが、逆に言えばこうしたコミュニティ・セキュリティ機能、ライフライン安全保障のデザインまで含めたソーシャルウエアのパッケージとして「日本の鉄道・駅システム」を世界に普及していくことが、新たな地球貢献ビジネスの基軸ともなりうるはずだ。 さらに「モビリティ・セキュリティ」という面では、こうした都心のCSCターミナルビルに常日頃から貸自転車のような簡易なシステムが整えられていれば、災害時の電車やクルマが使えないときでも多元的な移動手段を担保することができる。また、パーク・アンド・ライド(郊外の居住地から自動車で来て、都心に入る前のターミナルに駐車して、あとは公共交通や自転車で都心部を移動するシステム)は、低炭素化・温暖化対策としてのみならず、防災的な観点からも急速な整備が求められる。それが整っていれば、被災時にも都内を徒歩や自転車でターミナル駅まで行き、そこから先の郊外まではクルマで帰宅という可能性も生まれてくる。 「非常時に非常口を探すことは不可能で、非常時に必要な体制をいかに日常のなかで体験しているかが重要だ」というのが防災の基本だが、その意味でも多元的なモビリティとそれへのアクセスを日常化しておく仕組みが大切なのだ。 そして都心部の防災の観点から根本的に重要なのは、何より都市のあり方の根本的なリセットだろう。 東京や大阪の大部分には、火災の延焼のリスクが高く、救急車も消防車も入れないような街並みがまだ多く残されていて、災害に対して非常に脆弱な都市になっている。そこで思い起こされるのが、防災性も備えた大胆な区画整理による広い街路や緑道、水辺空間の整備で知られる、百年近く前の後藤新平の都市計画だ(青山絵画館前の銀杏並木や原宿同潤会アパートなどはその遺産)。この大胆な都市設計思想は結局未完に終わったが、「後藤の都市計画が完遂されていたら、第二次大戦の空襲による東京の戦災もだいぶ軽微で済んでいたのではないか」と昭和天皇が述懐されたというエピソードもあるくらい、東京は百年前からの宿題をやり残しているともいえる。 この東日本大震災を契機に、この百年来の宿題を今こそやるべきではないか?大量の帰宅困難者を出した今回の震災は、こうしたいわば“予行演習”を通じて「東京のコミュニティ・セキュリティ」という国家的な課題に正面からとり組む、最後のチャンスを与えられたと考えるべきかもしれない。  ところで今回の震災を通じてあらためて痛感した重要なポイントは、「いのちの安全保障」の課題が、非常時・平常時を問わず、また先進国・途上国あるいは都市・田舎といった区別を超えた、普遍的で地球的なものだということだ。ここで論じてきたような「コミュニティ・セキュリティ」の課題は、すなわち「グローバル・セキュリティ」のデザイン課題でもある。  たとえば、水道や電気が止まっても大丈夫な自立水源・自家発電などの「インフラフリー」なインフラ整備は、非常時のみならず平常時でも、水道や電力などの大規模インフラへの依存度を減らし、リスクとともに水道・電気代などのコストを低減し(それは大規模インフラ維持の社会コストの低減にもつながる)、お金がなくても最低限のライフラインは担保されるという社会的安全保障のデザインでもある。 日本の完備されたライフラインは日本の戦後復興の大きなレガシーであり、今もそのインフラ維持・管理に向けられた多くの人々の見えざる努力には敬意を表したい。だが、そうしたインフラに支えられた「水と安全はタダ」という神話は、あくまで安い石油と比較的安定した気候に支えられた二〇世紀後半の一過性のものにすぎない。気候変動に伴う洪水リスクの増大など、「環境」面での安全神話とサステナビリティが脅かされつつあると同時に、「経済」面での安全とサステナビリティもいまや再考を余儀なくされている。 何より石油や原発に依存する生活は、災害やテロのリスク以前に、経済コストの面でも多大なリスクを伴う「お金がかかる」システムだ。たとえば今、日本は石油など化石燃料を輸入するために年間二〇数兆円を使っている(一九九八年にわずか五兆円だった化石燃料コストは、わずか十年後の二〇〇八年には二三兆円に膨らんだ)。さらにピークオイルに伴う近未来の石油高騰を考慮すれば、かつての安い石油に依存した電力・水道システム、自動車交通から現代農業まで、私たちの社会はコスト的にとても見合わない、経済的にもサステナブルとはいえないリスキーなシステムになりつつある。この十年の「資源レジームシフト」からこれ以上眼をそむけている時間的猶予は最早ない。 原発も(事故やテロのリスク以外に)核廃棄物や廃用原発の処理費用など「未来世代の負担」を算入すれば膨大なコストになることは明白だ。これまで原発の“安価な発電コスト”として発表されてきた数字にはこうした未来のコストは算入されておらず、震災後の「未来の選択」の前提条件として、この発電コストの見直しは不可欠となるだろう。 逆に太陽エネルギーや地熱などの自然エネルギーは、初期投資以外は基本的に無料で、枯渇する心配も天災やテロによる大規模災害の不安もない、基本的に「安全でタダ」のシステムだ。中東に偏在する資源をめぐって戦争や資源外交に明け暮れる必要もなく、地場の資源(太陽光・風力・地熱など地域特性に応じた多様な選択肢がある)の「地産地消」を基本に、資源価格に翻弄されることもない。 何も石油や原発を即座に放棄すべし!などと極論を言いいたいわけではない。ただ、そうした「お金のかかる」大規模インフラへの依存度を段階的に減らし、災害にも強く、お金のかからない社会システムへの段階的移行を一〇年、二〇年のスパンで行う――それが少子高齢化で経済成長がスローダウンする今後の日本のサステナビリティを担保する「逆成長戦略」でもあるのではないか?ということだ。 ちなみに今回の震災に伴う経済損失は、原発事故によるエネルギー供給不足や放射能汚染による長期的な損失を抜きにしても、すでに一五兆円を超えると試算されている。数パーセントの経済成長など消し飛んでしまう規模での損失が常態化しかねない趨勢のなかで、都市文明の脆弱性をリセットし、災害や資源制約への社会的耐性を構築することが、どれほど費用対効果の高い「未来への投資」かということだ。  また日本の「コミュニティ・セキュリティ」のシステムは、途上国も含めた世界の「人間安全保障」にも大きく貢献する。 たとえば、太陽電池で発電した電気を一日分貯留して途上国の子供たちの勉学などに活用する「ソーラーランタン」や安価な雨水利用のシステムなど、いわゆる“BOP”=Base of Pyramid(世界の人口の底辺にある貧困層)向けの「世界を救う」技術・デザインが最近注目を集めている。だが、こうした技術の多くは、石油高騰・水資源枯渇・気候変動といった今後の世界共通のトレンドのなかで、途上国・先進国の区別を超えて世界中で必要となってくるものだ。今回の東北被災地でもソーラーランタンが重宝されているように、もとより災害時にはそれらは世界共通の「いのちの安全保障」のサバイバルキットとして、21世紀の「災害文化」を担う一つの地球のデファクトスタンダードとなるだろうが、そうしたものが必要になるのは災害時だけでも、途上国だけでもない。 ライフラインの脆弱さ、エネルギー不足など、3.11東日本大震災で私たちの文明デザインの根幹が問われたいま、先進国のモノづくりやデザインも、あるいは企業活動も、電気や水があたりまえに提供され、クルマや電車で移動できることを前提に商品やサービスを考えているだけでは最早済まない。 また「貧困大国アメリカ」といわれるように、サブプライム以降の経済不況のなかで、先進国の中にもお金のかかるインフラにアクセスできない数百万から数千万の人口が存在するのも事実だ。(そして、そうした現実が日本の近未来においても無縁ではないことは、先述の石油高騰などのトレンドを踏まえれば明らかだろう。) だから、“BOP”をBase of the Pyramidでなく”Base of the Planet“、つまりこの「地球」の新たなライフデザインと安全保障のBaseと捉えなおす思考が、いま必要なのではないか? 今回の震災を機に、日本がそうしたBase of Planetのソーシャルデザイン――都市文明の脆弱性を克服し、大規模インフラに依存しない、お金がなくても最低限の「いのちの安全保障」は担保されるような、自立型の生活インフラの最先端モデルになれば、それは世界への贈り物となり、日本社会は「人間の安全保障」の先進圏として、文明の新たな「地球標準」を世界に提示することになる。 「コミュニティ・セキュリティ」の国家戦略は、日本の再生シナリオであると同時に、そうした地球のなかでの新たな日本の位置を設計する試みでもある。 二年ほど前に出した「地球の目線」(PHP新書)で私は次のように書いた。 「国中にガードレールをつくり、日常のあらゆる場面で“ご注意願います”と警告するお国柄なのに、国民の根源的な安全や自立を保障するガードレールがデザインされていないというのは実に皮肉な話だ。」――エネルギーや食糧自給率の低さに基づく潜在的なリスク、また気候変動や地震・洪水などの災害に対する脆弱さを指摘したものだった。 だが、そもそも「いのちの安全保障」を国に頼る時代そのものが終わりつつあるのだ。ここに記したような明確な国家ビジョン、国家戦略は必要だが、それを担保する仕組みやインフラは、それぞれの地域コミュニティ、家庭、そして自分(より大きな全体のなかの「分」としての個々人)を基本としてボトムアップに創生してゆく。 日本にはボトムアップの真の民主主義がないといわれる。だが、今回の震災で生まれた「節電」のウェーブは、こうした自立的な「コミュニティ・セキュリティ」の可能性を予兆するものではなかったか?なにしろ社会の電力需要を自分たちでコントロールできるということを証明したのだ。節電で余った電力を被災地に送る人々が、これだけの人口で存在する日本――これは自立的でボトムアップの「コミュニティ・セキュリティ」のシステムを樹立する担い手として十分な可能性を備えている証拠である。 ボトムアップの「情報の微小循環」という意味でいえば、今回も阪神大震災の時のインターネットと同じように、ツイッターなどが、(北アフリカでの市民革命と時期的にシンクロしつつ)防災・減災のシステムとしても活用された。「どこどこで誰が困っています。近くにいる方は助けてあげて」といった書き込みがツイッターでやりとりされたり、個々の避難所のニーズをマッチングするための携帯サイトが若者たちによってボランタリーに立ち上がったりした。 すでにウェザーニュース社は、気象庁のレーダーでも把捉・予測できない局所的なゲリラ豪雨を予報するのに、市民からの携帯投稿を何十万通レベルで集めて、実際の「予報」と「減災」に成功している。豪雨や洪水のリアルタイムのハザードマップが、市民の間でボトムアップに生成されるような時代が始まっている。 明治維新もボトムアップの「日本のリセット」だった。戦後の復興も、六〇年安保であらためて選びとった「平和憲法」とそれに基づく半世紀の平和も、ボトムアップな社会創生の結果だった。日本には西欧近代的な「市民」はいないかもしれないが、社会を共感的なネットワークで変革していく人々は確かに存在する。 「新しい日本」を目指す確かな国家ビジョンと、「節電で被災地に電気を送りながら」そうした未来に投資する一億の人々のボランタリーな思いの連携が、新しい東北、新しい日本を創生していく。 最後に「希望の地」としての東北の未来について。 デジタル地球儀「触れる地球」で見ていると、日本の東北地方は地球のギフトが集まる交差点のような場所だとわかる。 赤道太平洋に蓄熱された膨大な太陽エネルギーを運んでくる黒潮と、世界で最も豊かな海であるベーリング海、オホーツク海の恵みを日本にもたらす親潮(魚を育む栄養豊かな海流ゆえに「親潮」と呼ばれる)が出会う三陸沖。津軽海峡・大間のマグロも、アメリカ西海岸からはるばる太平洋を横断して、この豊かな東北の太平洋岸にやってくることが、地球儀上に示されるGPS(衛星追尾)の航跡から明確にわかる。 また梅雨前線に沿った雲がインド洋や東シナ海から東北地方にかけて伸び、そうした海域の水を「淡水化」して、アジアモンスーンがはるばる五千キロも「空輸」して、大量の天水として日本に降らせてくれている。水が豊かな日本、東北はこうした地球スケールの水循環の賜物なのだ。また鹿島灘の洋上風力発電のポテンシャルは、東京首都圏の電力需要をそれだけで賄いうるほど巨大なものだという調査結果もある。 もとより地震にしても火山噴火にしても、「災い」と「恵み」は表裏一体であり、地震国であるゆえの土壌の豊かさや森林再生の早さといった恩恵を、私たちは知らず知らず受けている。(植物はCO2と水だけでは育たない。火山活動からもたらされる窒素やリンなどの微量元素も不可欠なのだ。)国土の七割を森林で覆われる「森の国」の風景は、ある面で四つのプレートの境界線上にある火山国ゆえの豊かさでもある。また地球大のミキサーである台風も、深海まで海水をかき混ぜることで、冷たく栄養豊かな深層水を海表面にもたらし、植物プランクトンの増殖を促して「海をよみがえらせる」。日本の海の豊かさは、台風銀座という日本の地勢的な偶然による面も確実にある。 日本のなかの東北地方という視野の枠を取っ払って、こうした「地球のなかの東北」という視界の広がりのなかで、その地球誌的な豊かさを踏まえた形で、新たな東北の未来像を描く時だ。そんな新しい東北に先導される形で、日本全体も新しくなっていく。 安直な「復旧」によって、再び津波と原発事故に怯える東北に戻すのではなく、そんな新しい東北を、親をなくした子供たちにプレゼントしたい。それこそ、どんな復興よりも大事な被災地への「支援」であり、日本全体にとっての震災からの再生ではないだろうか。       (東日本大震災から十日、2011年3月21日春分:竹村 真一 記) ◇◇◇  (後記) 311直後の「復興構想会議」では、津波や水害のリスクの高い沿岸低地都市の新たな建築方式として「浮体式」「高床式」なども提案。 また身体の免疫細胞のように、どこかで激甚災害があるとすぐに船で被災地に輸送できる「コンテナ式」(廃コンテナ再利用)の簡易医療設備や仮設住居などもモデルとして描き、国家的な整備案件として政府に提案していました。(水害・津波も液状化による地震災害も、地盤が脆弱でかつ人口が集中している沿岸都市のリスクが突出して高いため、港湾に備蓄できて海路ですぐに輸送できるコンテナ方式が好適なのです。) こうしたアイデアが、いまだほとんど実現できていないことは内心忸怩たる思いです。 冒頭に「311後、復興構想会議の委員として政府に提案しながら実現できなかった」と書きました。 実現できなかった理由は、一言でいえば政府や行政が津波被害や原発事故で緊急対応に追われるなか「まだまだ未来を考える段階ではない」(ある政治家の発言)というものでした。二度と同じ過ちをくり返さないよう、予防減災の体制を一刻も早く構築すべき時に、残念ながら「未来志向のことを語ると、そんな余裕があるなら原発や被災地の救済を優先しろと言われる」と国のトップが守勢に回っていたわけです。 しかし逆にいえば、今こそ「未来を語る」べき時ということでもあります。 当時はなかった選択肢として、昨今のドローンなども、緊急物資の輸送や救助ロボット派遣など、道路が寸断されがちな地震や津波・水害にも強い「社会の免疫細胞」となるでしょう。CSCはこうした広域支援・流通のハブともなり得るはずです。 またイオンなどのショッピングセンターは、311当時からボランタリーに「防災・避難拠点」として自らを開放し、多くの被災者にシェルターを提供していましたが、それはあくまで通常営業の可能性を犠牲にした形での社会奉仕であり、それを補償する法制度のスキームがない限り、こうした敬服に値する活動は決して持続可能なものとはなり得ません。 防災拠点としてのポテンシャルを持つ事業所・施設が「コミュニティ・セキュリティ・センター」として機能しうるような社会的なサポート体制、公的な法制整備が急務であることを申し添えておきたいと思います。 今回の九州に始まる中央構造線上の列島の胎動が、“311後”を再起動する契機となることを祈念いたします。  2016年4月18日 竹村真一        


「触れる地球ミュージアム」 日本ビル閉館・移転のご挨拶

「触れる地球ミュージアム」 日本ビル閉館・移転のご挨拶 いまから半世紀ほど前、“宇宙船地球号”の提唱者バックミンスター・フラーは「資源や環境、人口問題など、地球の現状をリアルタイムに可視化するコンピュータ制御の地球儀を国連本部前に設置し、各国代表はそれを見ながら議論すべきだ」と提案しました。 私どもの「触れる地球」は、ある意味でそれを現実化したものとも言えます。そして、これを使って“地球のいま”を見える化する「窓」のような空間を、日本のビジネスセンター・東京駅前の丸の内に創ってはどうか?---こう提案して2年前に生まれたのが、3x3Laboとの共同事業「触れる地球ミュージアム」でした。 国連と仕事をしていると、彼らも「企業やビジネスと深く関わらなければ、世界を変えることは出来ない」と考えていることが伝わって来ます。何しろ、いまや都市開発などに投資される“社会の血液”(=お金)の8割はPrivate Sectorのマネーで、かつてのように国家や行政の公的資金が大きな役割を果たしていた時代とは大きく違います。 企業はいまや地球の未来を左右する中心的なアクターなのです。 ならば日本のGDPの5分の1を生みだす企業力の集積地・丸の内は、NY国連本部以上にこうした「地球の窓」を開けるにふさわしい(いや丸の内のビジネスパーソンにこそ、この窓が必要だ!)と考えたわけです。 そして地球の「危機」を可視化して訴えるのみならず、地球のアクターとしての企業が持つ技術やアイデアでこんな未来を開きうる!という希望のビジョンを企業とともに提示する--そんな「地球の未来のショーケース」をデザインしたい。これが、私たちが丸の内に拠点をおく所以であり、私たちのミッションです。 「触れる地球」はお蔭さまで、すでに国連本部(NY、ジュネーブ)や多くの企業、スーパーサイエンス高校などの教育現場で活用されつつあります。しかし、ここに来れば「地球の現在と未来」が一気に見通せるといった空間は、特に地球の未来を提示するショーケースとなるべき「東京オリンピック2020」を控えた東京都心に、是非とも必要なのではないでしょうか? というわけで「触れる地球ミュージアム」は、今年から新たなフェイズに入ります。 現在の3x3Laboは日本ビル改築のため、新たに大手町に竣工した大手門JXビル1Fに移転(3x3Lab Future)。「触れる地球」展示とCPV地球価値創造フォーラム開催など、私どもの活動拠点も当面はそちらに移りますが、同時に“地球の未来のショーケース”としての「触れる地球ミュージアム」は、この夏を目処にまた新たな展開を丸の内で準備しています。 このメルマガを通じて、その進捗やCPVフォーラムのご案内なども逐一お知らせして参りたいと思います。2016年度の「触れる地球ミュージアム」とCPVフォーラムの展開にご期待ください。 「触れる地球ミュージアム」主宰・竹村真一    


年頭のご挨拶

皆さま、明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 丸の内に開設した「触れる地球ミュージアム」もおかげさまで丸二年を迎え、昨年は仙台「国連防災世界会議」やエコプロダクツ展にもこのミュージアム空間を出張展示いたしました。毎月のCPV「地球価値創造フォーラム」の新展開も併せ、今年は新たなフェイズへの進化を考えております。 同時に今年は、これまで以上に大きな飛距離で「未来を語る」ことを意識していきたいと考えています。 そもそもなぜISのようなものに世界の若者が魅かれるのか?それは我々の文明が、魅力的な未来像を提示できていないからではないか? その意味で、テロとの闘いは本質的に「未来ビジョンの闘い」であると考えています。 こうした視点を実践すべく、本年は地球リテラシーの本道として、Deep PastとDeep Futureを相乗的に探求するプロジェクト、「地球世界史」と「未開の未来」を創始します。ご期待ください。 2016年新春 竹村真一拝


12/15-25「日本の食、未来の食」展 ~ミラノ博ってそういうことだったのか~開催

〈「日本の食、未来の食」展 ~ミラノ博ってそういうことだったのか~〉 ミラノ博・日本館の展示「最優秀賞」受賞などは日本で多く報じられましたが、残念ながら日本館が世界に発信したメッセージはほとんど日本人の知るところとはなっていません。 日本食が世界遺産になっても、日本人自身が日本食の大切さや本質を忘れつつある・・。 日本食のバトンを握り直すべき世代として、ぜひ「ミラノ博って本当はそういうことだったんだ!」と日本国民に知ってもらえる機会を是非つくりたいと思い、日本館展示を制作・監修した立場として企画したものです。 ミラノ博に行けなかった方々に、是非ご覧いただければ幸いです。竹村 真一 【開催概要】 [日 時]2015.12.15 (火)~25(金) [開催時間]9:00~18:00(土・日・祝日も開催) [会 場]三井住友銀行東館 ライジング・スクエア1階 アース・ガーデン(地下鉄「大手町駅」C14出口直結) 詳細はこちらをご覧ください。  


「触れる地球」4台を展示した「食の万博」ミラノ博閉幕!(日本館は展示最優秀賞を受賞)竹村真一 ミラノ食科学大学とトリノ工科大学で講演

「触れる地球」4台を展示した「食の万博」ミラノ博閉幕にあわせ、ミラノ食科学大学・トリノ工科大学で竹村真一講演 今回、「触れる地球」4台を展示した「食の万博」ミラノ博(日本館は展示最優秀賞を受賞)の閉幕にあわせ、ミラノ食科学大学とトリノ工科大学で講演をして参りました。 食科学大学は、栄養学や調理科学・生理学・遺伝子工学はもとより歴史学・文学・哲学・経済学など総合科学的なアプローチで人類の「食」や「農」の問題を解決していこうとする世界でも初の試みで、2千年前のローマ時代の遺跡の上に10年前に創設された極めて先進的な大学です。 後者も、自動車のフィアットなどイタリアの工業とデザインの中心地トリノで、世界に先駆けて地球環境問題や都市問題の解決に総合的に取り組む「システム・デザイン」の学部をヨーロッパで初めて立ち上げた、欧州を代表する大学です。 トリノ工科大学での講演は修士課程の “Aurelio Peccei記念講座”の開講講演(第1回の講師)として設定されるという名誉な形で迎えられました。ちなみにAurelio Pecceiはフィアットやオリベッティの会長を歴任、1970年代には有名な『成長の限界』で人類的な危機を世界に訴えた「ローマクラブ」の創設者・初代会長としても知られる人物で、この名を冠した講座は現代の地球的・人類的課題に取り組んで行こうとする野心的なシステム・デザイン学部を象徴するものです。 講演後の反響も大きく、来年のトリノでの大きな催事にむけた共同プロジェクトの構想も立ち上がりました。(講演の広報パンフと講演の模様を貼付。修士課程の講座ながら300人あまりの学生と学部長も含めた十数名の教授陣が参集する講座となりました。) このトリノ記念講演では、以下のような文脈で「触れる地球」プロジェクトの人類史的な位置づけを語ることから始めました。 「2千年以上前、ギリシャ・エジプトを中心とした地中海文明では、すでにこの世界を巨大な球体として認識し(アリストテレス「地球球体説」など)、アレキサンドリア図書館の館長エラトステネスは、幾何学の原理を応用して地球の大きさまでほぼ正確に計測していました。ちなみに幾何学Geo-Metryの語源は文字通り“大地・地球Geoの計測Metry”で、毎年くり返されるナイル川の氾濫の後、区画がわからなくなった耕地の長さや大きさの計測技術が元になったものです。 千年以上前にタヒチやハワイに到達した太平洋ポリネシアの遠洋航海者たちも、地球的な視野と行動力を持つ民族でしたが、地球を一つの“球体”として認識するという意味では、古代地中海文明の科学は、人類の地球認識における最初の大きな飛躍だったといえます。 3世紀に地中海ローマ世界にキリスト教が普及してからは、聖書の教えに反するとしてこうした古代の地球観は封印されましたが、500年前のルネサンス期に復活(ちなみに“ルネサンス”とはこうした古典文化の「再生・復活」を意味します)。コロンブスは“地球が丸い”というこの古くて新しい考え方に基づいて、金銀財宝や香料の原産地インドや中国に行くには、逆に「西回り」で地球を航海すれば、途中に敵対する中東アラブ・イスラム圏を通らなくても辿り着けるのではないかと考えました。 到達した大陸をインドと思って先住民を“インディアン”と名づけるなど勘違いはあったものの、発見された新大陸は当時の最新のメルカトル世界地図に描かれました。この人類史上初の科学的な世界地図は、人類の地球認識における第二の飛躍で、世界全体を一望のもとに植民地化してゆくという近代帝国主義とグローバル経済がここから始まりました。 しかし同時にガリレオの天体観測、コペルニクスの“地動説”により、もはや地球は宇宙の中心ではなくなり、宇宙に無数にある星の一つに過ぎぬものとなりました。 いま人類は、こうした地球認識の歴史における第三の飛躍の時期を迎えています。 宇宙探索の結果、宇宙のなかで地球は、やはり特別な星であることを再認識。たとえば液体の水の存在、酸素に満ちた大気、そして何より人類という知的生命の存在---こうした地球人にとっての有りふれた現実は、宇宙のなかで極めて“有難い”(稀有の)ものであることに気づきました。 地球に似た条件をもつ系外惑星が千個以上見つかっても、地球という星の宇宙における破格さは疑うべくもない。この「地球の再発見」こそ、宇宙探査の最大の成果の一つと言ってよいでしょう。 同時に人類は、人工衛星という宇宙からのまなざしで地球の体温と体調の微妙な変化を計測し、それを“地球温暖化”“気候変動”と名づけて対処しようとしています。人間はいわば地球という巨象の背中のうえのノミのように小さな存在ですが、その知性を駆使して自分の宿主の巨象の体温と体調を計測している。---これはまさに宇宙において「破格」extraordinaryなことではないでしょうか? いま皆さんの眼のまえにある「触れる地球」Tangible Earthは、この人類の地球認識の歴史における第三のジャンプを象徴するものです。 衛星観測やシミュレーションデータなどを駆使して、生きた地球のダイナミックな姿をほぼリアルタイムで描きだし、同時に地球温暖化や気候変動など未来の地球のありようを予測的に可視化するこの世界初のデジタル地球儀は、まさに宇宙時代の人類の地球認識、“巨象の背中の知的なノミ”の視点をリアルに可視化するものです。 16世紀のメルカトル地図が第二の飛躍の産物、大航海時代の世界認識の「見える化」装置であったように、私たちはいま第三の飛躍に拮抗しうる新たなメディア・プラットフォームをデザインする必要があります。21世紀の子ども達が、いまだに16世紀の地図を使って地理や歴史、地球環境問題を学んでいるのは時代錯誤としか言いようがありません。 その意味で「触れる地球」プロジェクトは、単なるハイテク地球儀の開発ではなく、むしろ“地球人”をつくるプロジェクト、宇宙的視野をもった“地球人”へと人類を進化させるための情報環境デザインだと思って進めています。」 もとより海外での「触れる地球」講演では、常にこうしたコンセプチュアルな開発意図を語るように心がけていますが、特に今回の場合は、トリノ工科大学の講座担当教授が講演前の私の紹介で、次のようなイントロダクションをしてくれたのを受けてのものでした。 「もしローマクラブが『成長の限界』を世に問うた1960~70年代に、この地球儀があったとしたらどうだったでしょうか?過去半世紀の地球社会の展開は大きく違っていたかもしれません。触れる地球は、まさにローマクラブ創設者であり本記念講座の理念的支柱であるAurelio Peccei氏の意志を継ぐものです。」 そう、ローマクラブの『成長の限界』も、同時代のホールアースカタログ等とともに、地球を一つの「全体システム」と捉える第三の地球認識のジャンプの先駆けでした。 こうしたホスト・ゲスト双方の前口上を踏まえ、いつものように「触れる地球」でリアルタイムの気象情報や世界各地のライブカメラ映像(白夜の南極のペンギンの姿ほか)から地球のデモを開始。サハラ砂漠のミネラル豊かな砂塵が大西洋を超えてアマゾンの熱帯林を育む様子、 生物の地球規模の移動や地震・津波など世界の自然災害、地球大に拡散する大気(越境)汚染や地球温暖化の進行を紹介しながら“地球目線”の重要性を強調。 「311やタイ洪水にみられるように、グローバル経済により世界は一つにつながり、地球の裏側の災害ももはや他人事ではない(あなたの暮らしやビジネスが地球の裏側の災害から思わぬ打撃を被ることもある時代)」 「化学汚染や地球温暖化は、地球的なリスク拡散global risk transferである」 「しかし2050年までにCO2排出を半減するシナリオを達成できれば、地球の未来シナリオはここまで変えることが出来るかもしれない(RCP2.6の排出シナリオによる温暖化シミュレーションを比較提示しつつ、これほど地球温暖化の進行が抑えられるとリアルに見える化)」 「実際、最大のCO2排出国である中国で、すでに風力発電と太陽光発電が実際の発電量において原発をはるかに上回り、宇宙船地球号が太陽エネルギーだけで航行しうるという新たな文明の可能性が見えて来つつある」 そして、講演の最後には次のように締めくくりました。 「いま私たちは、さらに“惑星的”なスケールで新たな文明をデザインしうる可能性を手にしつつあります。カーボンナノチューブの発明とも相まって、2050年までには“宇宙エレベーター”も実現し、宇宙が本格的に人類文明の新たな活動圏に加わってくる。大気圏外ソーラー発電も可能になるでしょう。 また、ほとんど送電ロスのない大陸間スーパーグリッドも実現可能な時代だから、それで地球全体を連結すれば、20世紀までの常識を覆すような新たなスキームも構想しうるでしょう。実際、地球スケールでエネルギー需要を考えれば、地球の自転(昼夜の交代)とともにそのピークは移ろっていきます。たとえば日本で電力需要がピークを迎える午後には、インドや欧州はまだ朝で電力が余っているから、余剰電力をそちらから譲ってもらえばよい(数時間後にピーク需要の地域が移転したら逆に送り返す)。 こうした発想は、冷戦時の半世紀前にすでにバックミンスター・フラーが提示していたものですが、こうした地球スケールの構想を実際に実現しうる時代なのです。そんな時代に皆さんは、デザインやエンジニアリングに関わる仕事をしているのです。」 太陽エネルギーで駆動する宇宙船地球号の“惑星的Planetary”なエネルギーシステム。 まさに「地球目線の文明構想力」が必要な時代---。 こうした視点は、特にローマクラブ創設者Aurelio Pecceiの遺志を継ぐ記念講座という今回の文脈で、とても意義深いものであったはずです。 「60~70年代の浪費的で環境負荷の高い化石燃料依存型の文明では、確かに“成長の限界”を指摘する意義は大きかった。でも、いまや人類は宇宙的視野で地球の体温と体調を検知しつつ、同時に惑星的なスケールで持続可能で環境負荷の少ないエネルギーシステムを構想しつつあります。 地球温暖化や気候変動、人口爆発など直面する危機は確かに大きいが、半世紀前とはまったく異なる文脈で“成長の限界”を突破する可能性を、私たちは手にしつつあるのではないでしょうか?今こそローマクラブの意志を継いで、地球的構想力で文明転換の方向性を提示すべき時です。」 そして、こうした視野を世界中で共有するためのツールが、この「触れる地球」であるというメッセージは確実に受け止められたと感じています。 今回のトリノ工科大学の講演は、「ミラノ博」の「触れる地球」のスポンサーでもあったJA全農様の多大なご協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。 2015.11.05     竹村 真一 拝


年頭のご挨拶

皆さま、あけましておめでとうございます。 今年2015年は地球と人類の未来にとって、さまざまな意味で重要な年となるでしょう。まず激化する自然災害をめぐって、今後10年の世界の防災・減災対策の方向を定める国連「世界防災会議」が、3.11からちょうど4年目の仙台で開催されます。“90億を超える世界人口をどう食べさせるか?”と銘打たれた食の万博・ミラノ博も5月から始まり、MDGs(ミレニアム開発目標)や温暖化対策の“ポスト京都”(2020年以降)の枠組づくりも節目を迎えます。 そんな中、2年目に突入する「触れる地球ミュージアム」でも野心的な企画を準備しています。 「世界防災会議」では、国連からの依頼により「触れる地球ミュージアム」を仙台に再現。数週間、東京と二元方式で、巨大災害と気候変動をめぐる特別企画展を開催します。本ミュージアム主宰のNPO法人Earth Literacy Program (代表・竹村真一)がコンセプト・デザインを手がけた『国連防災白書』も、本会議での発表と並行してそのダイジェスト版を展示。そのデジタル版も世界にむけてリリースします。 食の万博・ミラノ博でも、展示クリエイターとして竹村チームが参加。4台の「触れる地球」で日本政府館のメイン展示を構成します。そこで5月の開幕時には、東京のミュージアムでもその日本語版を展示し、宇宙船地球号の「食と農」の再設計に日本のシーズがどう貢献しうるか?、骨太なメッセージを発信します。 6月以降は「水」や「海」をめぐる企画展、さらに斬新な切り口で「エネルギー・リテラシー」や「お金」(グローバル・マネー)の問題をめぐる試みも準備しています。 東京駅・日本橋口前の日本ビル6Fに移転し、2016年春までの約1年半の期間限定でフェイズ2の展開を始めた「触れる地球ミュージアム」に、ご期待ください。(皆さまからのユニークな持ち込み企画も歓迎です。) 2015年新春 竹村真一拝


Global Philanthropy Forumにてデモ講演

アメリカ・サンフランシスコで開催されたGlobal Philanthropy Forumにて、「触れる地球」のデモ講演を主宰 竹村真一が行いました。竹村からのレポートをお伝えします。 みなさま サンフランシスコでの「触れる地球」デモ講演を無事終えたところです。 今回のGlobal Philanthropy Forumでの講演の模様が早速公開されておりますのでご覧ください。 (約20分間の講演) https://philanthropyforum.org/conference/ (YouTubeコーナー;4月24日にダイジェストもあり) Global Philanthropy Forumは、今年のテーマ”Global Goals, Citizen Solutions”に表されているように世界のトップが「地球的・人類的な課題の解決を討議し、多分野のステークホルダーと超学際的なコラボレーションを行ってゆく」ために集まる場として設定され、今回も国連開発計画のディレクターや世界銀行総裁、フォード財団のCEO、ノルウェイの前首相まで登壇する大きな会議でした。 私も何度か講演や地球デモで参加したダボス会議の、より「公益精神」を強めたトーンの国際会議というイメージです。(このあたりの雰囲気は上記2つめのダイジェスト紹介ビデオで感じていただけるかと思います) TEDトーク形式でのメインの「触れる地球」講演は、こうしたSocial Goodを追求する500名ほどの各界リーダーが参加する総会Plenaryの中日の午後のハイライトとして行われました。 講演はもちろん「触れる地球」の単なる紹介ではなく、これを使ってどのような新たなGlobal Perspectiveが人類にもたらされ得るか?という点を、地球儀上でさまざまなコンテンツを披露しながら話すコンセプチュアルな内容で行いました。 具体的には、各地の異常気象と地球規模の気候変動の関わり、サプライチェーンを通じて影響が世界に拡がる自然災害= "Natural disasters are no longer local events"、PMや温暖化などのGlobal Risk Transfer、衛星リモセンやシミュレーションなどの地球診療技術で「地球の体温と体調」をモニターしてクリエイティブに地球課題に取りくむ人類の創造性について、20分程度で話しました。 講演後には何人もの方々からお声がけを頂き、「個々の現象の地球的な連関、つながりが初めてわかった」「深刻な地球環境問題をこんなにエレガントな形で提示されるのを初めて見た」「これを世界に普及するために何かお手伝いできないか?」とエールを頂戴しました。特にフォード財団のPresident、UNDP(国連開発計画)のディレクター等からは「本当に多くを学んだ」と、強い応答をいただきました。 日本では「ソーシャル」というとかなり草の根的、コミュニティ的なトーンに偏っていますが、欧米ではそうしたマインドが大きなお金の動き(企業CSV)や科学技術コミュニティとしっかり結びついて行くトレンドが、より明確になりつつあるように感じます。 来月の国連NY本部での講演も、こうしたトレンドを踏まえて行うつもりです。                                             竹村真一 拝


触れる地球ミュージアム
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